30
日本構造医学会
福岡学術会議記念大会

令和7年11月3日(月)
福岡国際会議場

Greetings

学会長挨拶

一人一人が自分の考えを持ち、
皆でよく考え、
学びを力に変えて、
構造医学の発展につながることを願います。

学会長 田所 生利

学会長 田所生利

Academic Council

福岡学術会議

 2025年11月3日文化の日、日本構造医学会は九州の玄関口として知られる福岡市博多区の福岡国際会議場において、第30回福岡学術会議記念大会を開催致しました。本会場は、2003年03月に完成したもので、奇しくも第30回目を迎える本大会と3並びの数字を得ました。数字の3には、身体、心、精神の統合を表し、成長の原理を象徴する意味があるといわれます。本学会の更なる醸成を啓示しているかのようなご縁を得た会場にて、記念すべき第30回目の福岡学術大会は温もりに包まれた空間で執り行われました。
 今回は患者1名を含む計5名の演者が登壇され、診療者の臨床報告に加え、患者目線での工夫や葛藤も発せられ、各々が構造医学を通して得た洞察を異なる立場から発表された、大変貴重な会となりました。また、今年は第30回の記念大会として、吉田勧持理事長の特別記念講演も開催され、現象の共通構造を通して宇宙の一滴を掴むようなお話に、会場が一体となり真の医療者の道を共に歩むべく、気概に満ちた表情で聞き入っておりました。
 構造医学にご縁をいただいた経緯は各々多岐に渡るかと思いますが、会員一人ひとりが教科書通りにいかない臨床に向き合い、常識にとらわれず検証を重ねておられます。今後も日本構造医学会の学術会議が、現場発の実践的知見が集う貴重な場として根付いていくと信じてやみません。

Agenda List

演題リスト

Subject 01

頭痛・眩暈・肩こりに対する頭軸圧法での対応
―頭軸圧機能付傾斜ベッドを用いた臨床報告3―

千葉県 柔道整復師・鍼灸師
加藤 弘大

頭痛・眩暈・肩こりを訴える患者に対し、構造医学の基本処方「頭軸圧」のみで約2年間施術を行い、症状の改善と精神面の安定が得られた症例報告。
患者は服薬中止を望んでおり、加藤氏は医師との連携のもと、安全性と信頼関係の構築を重視。初期は傾斜をつけずに施術を行い、理解と安心を得た上で傾斜ベッドによる頭軸圧法を実施。施術の過程で、術者の焦りが患者負担になり得ることに気づき、患者の心身に寄り添う姿勢を深めた。結果として、構医規範に沿った安全かつ効果的な構造医学的アプローチの有用性を感触している。
発表では臨床者の葛藤や成長が伝わり、質疑では多角的な意見交換が行われた。
Subject 02

顔面神経麻痺の症例報告
―構造医学の可能性―

千葉県 柔道整復師
鈴木 健史


顔面神経麻痺の方の症例報告と、これまで診てきた顔面神経麻痺患者への対応と今後の課題について述べた。構造医学の原理と療具(ベリポック砧、アンテンヌ・オービット、電函延転子、DCR、TIS、リダクター全柱用)を用いた顔面神経麻痺の症例報告。
一般的に対応が難しい症例に対し、継続的な処置により身体軸の安定と麻痺症状の改善を確認した。成功報告だけでなく、療具への依存など反省点や今後の課題も率直に言及し、構造医学の臨床的可能性と誠実な姿勢を示した。
発表後は症例数や経過に関する質問が相次いだ。
Subject 03

筋タンパク質の合成、分解を代謝から考える

千葉県 柔道整復師
長谷川 圭

筋タンパク質の合成と分解を代謝の観点から検討し、筋量維持と健康寿命の関係を考察した発表。筋量は合成と分解のバランスで保たれ、高齢者の自立支援には構造医学が提唱する生理動作「歩行」が最も有効で安全な運動であると推察。歩行は筋量維持だけでなくテロメア消耗抑制にも寄与し、健康寿命の延伸に資することを示した。
高齢化社会における重要テーマであり、他演題との親和性も高く、会員の理解を深めた発表であった。

Subject 04

患者報告 外傷性頸椎症を生きる
―療養並びに生活維持のための患者の工夫-

兵庫県 患者(一般会員)
越智 誠司

交通事故による外傷性頸椎症を負った越智誠司氏が、冷却法や歩行靴、歯科診療時の体勢など様々な工夫を通じて症状と向き合い、療養と生活維持を実現した経過を報告。さらに社会保険・労災制度の問題点を自らの体験から指摘し、法的知識の重要性と、患者を守るために診療者も制度を理解すべきだと訴えた。
構造医学との出会いを通じた苦悩と努力の記録は、医療現場と社会への示唆に富む貴重な報告であった。
Subject 05

介護予防(健康寿命の延伸)に構造医学の学びを活かす普及活動と事業化への取り組み

千葉県 百年健康倶楽部 代表
関谷 康夫
共同研究者 中安 真里子/古谷 朋子/鈴木 奈美

介護保険制度内外での普及活動を通じ、介護現場における意識の壁や人手不足などの現場課題を提示。構造医学の「歩行運動」を取り入れることで、認知機能低下の予防と自立支援へつながる取り組みを報告した。従来の「動かさない介護」から「歩かせる介護」への転換を目指し、歩行による健康寿命の延伸と尊厳ある高齢社会の実現を目指す取り組みを示した。
自ら通所介護施設を運営しながらも、通所者の自立支援に尽力し、要介護化のベルトコンベアに乗せたくない医療者としての強い使命感と実践が伝わる発表であり、発表後は歩行意欲の喚起、維持に関する工夫や課題について議論が交わされた。

Memorial Lecture

特別記念講演

医療人として常識にとらわれず、身近な問題の「理」を探究したい という思いから構造医学を始めた。
構造医学は、異なる現象の中に共通する要素を見出す「構造主義」 の考えに基づく。表面的な違いではなく、共通の構造や原理を抽出 して理解する学問である。
常識は必ずしも正しいとは限らない。
自然科学の原則―あらゆる世界観を否定しない姿勢―
を大切にしながら、自らの感覚と実践を通して真理を探ることが構造医学の出発点である。

理事長 吉田 勧持

※講座となるため、詳細に関する記載は控えております。

Column

- 30周年に寄せて -

私はカラオケに行くと、音痴でもWANDSの「世界が終るまでは…」を歌うのが定例となっています。ポップなイントロとは裏腹に、儚さや物悲しさが漂う歌詞で、アニメ「SLAM DUNK」の主題歌として小学生の頃に出会った時から、個人的には不朽の名曲の1つだと思ってきました。失恋ソングの印象が前面に出ていますが、抽象的な歌詞ゆえに多義的な解釈の余地を残しているようにも感じられ、恋愛の枠など超越した、もっと普遍的な愛に通ずるメッセージとして心に響く点に私は魅了されているのだと思います。

例えばその詞の中で「互いのすべてを知りつくすまでが愛ならば いっそ永久(とわ)に眠ろうか…」と投げやりにも聞こえる部分がありますが、私には「何かを追い求める情熱も、貫徹するまでは未完と見なされるのであれば、いっそのこと投げ出したい」と聞こえ、恋愛に限らず幅広いシーンでこのような感情を体験してきたように思います。

この歌の2番では「そして人は形(こたえ)を求めてかけがえのない何かを失う 欲望だらけの街じゃ 夜空の星屑も僕らを灯せない」と始まります。今年は抄録集の吉田理事長挨拶文において、「風の時代」というワードが出て参りました。占星術では時代を「火・土・風・水」の4要素に分類し、各要素が約200年毎に巡って時代にサイクルをもたらす、という見方があるそうです。私たちが生きているこの時代はまさに、形あるものを重んじる土の時代から、形なきものを捉える風の時代への過渡期にあり、構造医学の形態もこのうねりに調和する重要性を示した理事長挨拶文であると感じました。もちろん各要素に優劣はありません。しっかり耕された土壌ありきで、清々しい風が吹くものであると思っています。ただし「欲望だらけの街じゃ~」以降からは、この時代の波を捉えなければ、大いなる存在にも見放されそうな予感と恐れ多さを感じます。

更にこの歌詞は「世界が終わる前に聞かせておくれよ 満開の花が似合いのCatastrophe」と続きます。カタストロフィとは、悲劇的な結末ということです。ピークが悲劇の序章と言わんばかりの皮肉を感じる表現ですが、経験的には共感します。またこれは私に、兼好法師の「徒然草」を想起させます。高校授業の大半はあくびを噛み殺して受けていましたが、古文の授業で徒然草の「桜は満開の時だけでなく、咲く前や散った後にこそ趣がある」という感性に触れた瞬間、一気に眠気が吹き飛び、兼好法師の屁理屈っぽい世界観にハートを射抜かれたことを記憶しています。それは些細なことで傷ついて敗北感を抱きやすかった当時の自分を擁護してくれるメッセージに思えた部分も大きかったと思います。

構造医学の世界は私にとって不可知であり、解かるようで解からないからこそ、すべてを知り尽くせないことが魅力となり、追い求める熱源となっています。私が敬愛する実業家の執行草舟氏は、「全ての事象は躍動しているゆえ、伝授した時点で静止した、いわば死体を学んでいることになる」という主旨の話をされます。だから昔は何かを真に学ぶためには師弟間のタイムリーな一問一答を途方もなく繰り返す中で、限りなく「生」に近い教え(されど、死体)を伝承するしかなかったものだ、という話には深く感銘を受けました。またここからは教育というものが、師弟共に忍耐を伴って初めて成されるという事がうかがえます。

そして現代は、何かを成し遂げた結果(満開の花)ばかりを愛でる傾向にあり、何かを追い求めたり、解かろうとする「過程」への評価はあくまで結果次第という、短絡的で限りなく人類を苦しめる価値観に縛られ過ぎているように思えます。私もその中で苦悩しつづけてきた1人です。そこで執行草舟氏の思想に触れると、我々が一般的に「学ぶ」と呼ぶ行為は、背中に針を刺された標本を1つずつ記憶する行為に似ている気がするのです。一方でこの世は諸行無常と言われるように、万物は絶えず躍動し変化し続けているので、医療者のような特に生命を扱う仕事では、標本暗記のような学びの形態だけでは到底網羅できない深遠なテーマに挑戦しているという認識と謙虚さが大切に思えてきます。もっぱら学びの勲章集めに執心するのではなく、学んでいる「さなか」にもっと光を当てて魂を震わせることは、もしかしたら風の時代らしい学び方の1つであるかもしれない、と僭越ながら思います。

ついでに「SLAM DUNK」に登場する安西先生の名言「諦めたらそこで試合終了ですよ」は有名すぎるセリフですが、「あきらめる」という言葉が奥深いことを私は最近知りました。大愚元勝和尚の動画を聴いていて、「あきらめるとは、明らめる=明らかにして諦めるということ」と言う、いわば悟りの境地に近い行為であることを感じました。これを知るまでの私には、この名台詞の半分しか見えていなかったということです。仏教では執着を手放し煩悩から解放されることが心安らかな生き方であると説かれますが、それが出来ないからこそ人間の営みは試練(試合)にあふれ、まさに諦めたら(明らめたら)そこで試合は終了する、という真理をさりげなく言う安西先生は凄い!と改めて思った次第です。

私が「世界が終るまでは…」という歌を知ってから今年でちょうど30年が経ちます。日本構造医学会が30周年を迎える今年、約30年前にリリースされたこの楽曲が気になったのも何かのご縁と思い、綴らせて頂きました。現代人にとって30年はおおよそ、子が親になり、親が祖父母になる節目のリズムでもあります。おかげさまで日本構造医学会は30周年を迎えることが出来ましたが、今年やっと大きな階段を一段上り、世代間でかけがえのない価値を受け渡せる機会となりえましたのなら幸甚です。誠にありがとうございました。

財団一職員より

Memories

Memories

思い出のフォトボード

集合写真

To Everyone

学会長・委員の皆様へ

記念すべき30回目の本学会を盛会裏に開催できましたのは、九州まで足を運んでくださった会員の皆様はもちろんのこと、学会長を務めてくださった田所生利先生、実行委員の皆様、座長委員の皆様のご尽力の賜物と感謝しております。
大会の遂行にご尽力いただいた役員の皆様の功を労い、末筆ながらここに役員の皆様のお名前を順不同にて記します。
日本構造医学会事務局より厚く御礼申し上げます。

学会長 兼 実行委員長

田所 生利

進行チーフ

小川 宏

実行委員

畔上 直也 阿部 紀子 今井 絢子 坂本 椋一 三雲 大輔 義智 大 吉野 美里

座長委員

落合 弘志 笠井 浩一 川内野 良蔵 木村 匠 高橋 誠 林田 一志